2.道しるべ地蔵/竹駒稲荷/れんがの煙突 | QR Translator



2.道しるべ地蔵/竹駒稲荷/れんがの煙突


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 道しるべ地蔵

 ここに坐しておられるお地蔵様は、江戸時代より三国街道との岐路にあって、台座の石には「右は江戸 左は山道」と彫られており、道しるべ地蔵と言われておりました。1806年に、(長岡市)千手のタバコ屋さんが功徳を得るために建立、寄進されたと台座の石に彫られており、ここに置かれてからすでに200年以上の時が経っています。江戸へ旅する人は、ここで道中の無事を祈って旅立って行ったという事です。
 お地蔵様には今でも子宝安産・無病息災という事でお詣りが絶えません。今では「株式会社 越のむらさき」によってお守りしており、毎年8月に感謝のお祭りを催しております。このお祭りは明治のころより1回も休むことなく続けられているという事です。


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 竹駒稲荷(神社) 


 竹駒神社は宮城県岩沼市にあり、京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とともに、日本三大稲荷神社といわれております(諸説あり)。東北開拓の神として9世紀に建立されたという事ですが、明治22年(1889年)にこの地に勧請されました。以来五穀豊穣、商売繁昌、安産の神として地元の方に親しまれております。毎年8月下旬に、お稲荷さまとお地蔵さまへの感謝の祭りとして、お供物である酒饅頭を配っております。
 右側のお狐さまは、子供が親を見上げているもので、「あなたは私を守ってください」「将来私があなたを守りますから」というメッセージだとも言われております。
 残念ながら新潟中越大震災により落下し、口と尾の部分を損傷いたしました。社殿も震災の影響で10㎝ほど前に動いております。


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 れんがの煙突


 煙突が建築された明確な年代は不明ですが、昭和3年(1928年)に工場を新築した時には、すでにこのれんがの煙突はあったようです。当時は石炭を燃やして醤油づくりをしており、煙突からは黒い煙が出ていたと思われます。燃料が石炭から重油になると共に使われなくなりましたが、貴重な建築物として、当時の2/3ほどの高さを残してあります。
 新潟中越大震災によって真ん中で大きくねじれ、れんがも多数割れて倒壊寸前でしたが、現在は修復され、補強工事も施されております。


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